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スタッフ日記
Aleph公式サイトのスタッフによるリレー日記です。
日頃のちょっとしたできごと等々、自由に書きつづっていきたいと思います。

前生の記憶

[ コラム ]

2003年4月18日 (金)


スタッフ日記 わたしは、Alephに出合う前から、おぼろげながら「前生というものがあるんじゃないかな?」と考えていました。

 ――とは言っても、「あなたの前生は××であーる」などと断定する霊媒師のたぐいを信じていたというわけではありません(××の部分には、たいがい歴史上の有名人物やハリウッド・スターの名前が入るというあたりも何となくうさんくさく感じていました)。


 ただ、今の一生だけでは説明がつかない、自分と他人との差異について考えたとき、周りを見渡してみると、「これは、前生の記憶によるものではないか」と思えることがいくつかあったのです。
 身近な例で言うと、わたしの幼なじみで、なぜか小さいころから「チベットに行きたい。チベット、チベット……」とばかり言っている不思議な男の子がいました。両親がチベットに行ったことがあるわけでもありませんし、もちろん本人も行ったことはありません。普通の会社員の両親のもと、標準的な教育を受けてきた子です。
 その子自身もチベット人風の顔をしているのですが、好みの女性のタイプを聞くと、「浅黒くてちょっと日に焼けたのっぺりした感じの……」などと、今思えばまさにチベット人女性の典型的な顔。その後、成人した彼は、小さいころからの志望どおり、チベット関係の仕事に就いたそうです。
 同じ両親に育てられたその子の1歳違いのお兄さんは、また全く別の趣味や好みを持っており、「なんで同じように育てられてこんなに違うんだろうなぁ。前世の記憶なのかも」と思い至りました。

「同じ両親のもと、同じように育てられたのに性格や好みが違う」というのは、双子の兄弟などにもあてはまります。

 わたしには、人の性格や好みというものは、生まれたときから今までの経験によってだけでは説明できないもの(=前生からのもの)があると考えるようになりました。
 ですから、Alephに出合ったとき、仏教的な輪廻転生観については自然に受け容れることができたのです。

 修行が進んで、サマディ(三昧)に入ることができるステージになると、自分や他人の前生を知ることができるようになります。
 Alephにはこのステージに至った人は多くいますが、その人たちに聞いてみると、「わたしは、なぜかインドの文化に言いようのない懐かしさを感じていたんだけど、サマディに入ってインド人だった自分の前生を見て、やっとその理由がわかった」とか、「自分のトラウマは、前生のこのできごとが引き金になっていたのがわかった」という話が自然に出てきたりします。
 そう考えてみると、自分が前生なんだったか、どういう生を多く経験してきたかというのがおぼろげながら見えてくるのではないでしょうか(前生、人間だったとは限りませんが……)。